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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)268号 判決 1993年2月24日

大阪市中央区南本町一丁目6番7号

原告

帝人株式会社

代表者代表取締役

板垣宏

訴訟代理人弁理士

前田純博

三原秀子

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

指定代理人

今村定昭

田中靖紘

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成2年審判第10672号事件について、平成3年7月9日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年7月28日、名称を「口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(昭和58年特許願第136795号)が、平成2年5月8日に拒絶査定を受けたので、同年6月28日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、これを同年審判第10672号事件として審理したうえ、平成3年7月9日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年10月23日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

セルロース低級アルキルエーテル、ステロイド系消炎薬類、及びステアリン酸、パルミチン酸、クエン酸、酒石酸、安息香酸、およびソルビン酸からなる群から選ばれた安定化剤としての有機酸からなり、該有機酸を組成物中に0.05~5重量%含有する口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物

3  審決の理由

審決は、別添審決写し該当欄記載のとおり、本願発明は本願出願前の昭和57年7月23日に頒布された特開昭57-118511号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)と同一であると認定し、これに基づき、本願発明は特許法29条1項3号に該当し特許を受けることができない、と判断した。

第3  原告主張の審決取消事由

審決の理由中、本願発明の要旨の認定及び引用例の記載内容の認定は認める。本願発明と引用例発明との比較に関しては、引用例で配合するヒドロキシプロピルセルロースは低級アルキルエーテルの一つであること、引用例にはステアリン酸を配合した具体例の記載はないこと、ステアリン酸の添加は、本願発明においては安定化剤としてであるのに対し、引用例発明においては滑沢剤としてであって、両者においてその目的が相違していること、本願発明においてステアリン酸の添加目的が特許請求の範囲に規定されていることは認めるが、その余は争う。

審決は、本願発明と引用例発明との比較を誤り、その結果、本願発明は引用例発明と構成において同一であるとの誤った認定をし、二つの発明は、構成上区別することができない限りその目的・課題を異にしても同一であるとの誤った解釈を当然の前提にして、本願発明は特許法29条1項3号に該当し特許を受けることができないとの誤った判断をしたものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1

審決は、引用例に、必要に応じて用いられる滑沢剤としてではあるものの、ステアリン酸を適宜添加する旨記載されていること、滑沢剤としてステアリン酸の同等物として記載されているステアリン酸マグネシウム(ステアリン酸Mg)を全重量の0.5%又は約0.1%添加する実施例が開示されていること等から、ステアリン酸の添加及びその添加量についての技術が開示されていると認め、これに基づき、本願発明と引用例発明とは、口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物であって、配合される成分がセルロース低級アルキルエーテル、ステロイド系消炎薬類、ステアリン酸からなるものである点と、ステアリン酸の添加量において一致しており、組成物の構成上相違するところがない、と認定した。

審決の上記認定は、本願発明と引用例発明とが、口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物であって、配合される成分がセルロース低級アルキルエーテル、ステロイド系消炎薬類を包含するものである点において一致しているとの限度では正しい。しかし、審決が、引用例に本願発明におけるのと同じステアリン酸の添加及びその添加量についての技術が開示されていると認めたのは誤りであり、したがって、それに基づき、本願発明と引用例発明とが、ステアリン酸の添加及びその添加量においても一致しており、組成物の構成上相違するところがない、と認定したのも誤りである。

まず、引用例発明におけるステアリン酸は、審決も認めるとおり、「必要に応じて」、添加するにすぎないものであるのに対し、本願発明におけるステアリン酸等の安定化剤は必須の要素であるから、本願発明と引用例発明とは、この点において既に構成が異なり、発明として別のものである。

次に、引用例でステアリン酸とステアリン酸Mgとが同等物とされているのは滑沢剤としてだけであり、そこには、ステアリン酸あるいはステアリン酸Mgを安定化剤として使用するという技術思想自体が全く見られず、これについて何らの示唆もない。本願発明の特徴は、特定の薬物であるステロイド系消炎薬類、基剤、及び安定化剤としての特定の有機酸という組合せからなる構成とすることにより、ステロイド系消炎薬類の薬効につき優れた長期安定化効果が得られる点にある。そして、ステアリン酸は、上記安定化剤の中に含まれており、その使用により上記効果が得られるが、ステアリン酸Mgを使用してもその効果は得られない。そうだとすると、引用例にステアリン酸Mgを添加した実施例がその添加量を本願発明で定める範囲内の数値をもって明示する形で開示されており、かつ、ステアリン酸とステアリン酸Mgとが滑沢剤としては同等物と見られるとしても、ステアリン酸を所定範囲の量添加する本願発明と同一の技術がそこに開示されているとすることはできず、二つの発明は、この点において構成が異なる。

2  取消事由2

仮に、本願発明と引用例発明とが構成上区別できず、本願発明が上位概念的には引用例に開示されていると見るべきであるとしても、1に述べたところに照らすと、本願発明の定める量のステアリン酸を添加する技術は、具体的な形では引用例に開示されていないと見るべきであり、本願発明は、引用例において極めて広く挙げられている薬物及び各種添加物の中から、そこには具体的な形では開示されていない選択肢を選び出し、それを結合することにより、引用例記載の発明に比べ特段に優れた長期安定化効果を有する口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物を提供するものであるから、いわゆる選択発明として特許性があるというべきである。

また、本願発明におけると引用例の発明におけるとでは、ステアリン酸の使用目的が全く異なり、両発明は、その目的・課題を異にするのであり、所定量のステアリン酸の添加により優れた安定化効果が得られることは、本願発明により初めて明らかにされた事項なのであるから、本願発明に対しては、そのことを根拠に、新規な発明として特許が与えられるべきである。

第4  被告の反論

審決の認定、判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

引用例には、ステアリン酸を「必要に応じ」て添加するとして、ステアリン酸を添加しない技術と並んで、それを添加する技術が開示され、滑沢剤として、ステアリン酸Mgを全重量の0.5%又は約0.1%添加する実施例が示されている。そして、ステアリン酸とステアリン酸Mgとは滑沢剤としていずれも周知であり、かつ滑沢剤としての両者は同等物であって相互に置換可能であることは、当業者にとって自明の事項であるから、上記実施例におけるステアリン酸Mg添加の開示は同時にステアリン酸添加の開示ともなる。また、実施例に示された0.5%(実施例1)又は約0.1%(実施例2、同3)というステアリン酸Mgの添加量は本願発明におけるステアリン酸の添加量(0.05~5%)の範囲に含まれる。したがって、引用例には、原告の争う本願発明におけるステアリン酸の添加及びその量も開示されているのであり、結局、本願発明と引用例の発明とは、審決のいうとおり、構成上区別することができない。

2  同2について

引用例には、ステアリン酸が添加されること及びその添加量が具体的に開示されているのであるから、原告の主張は、本願発明は上位概念的に引用例に開示されているにすぎないとする前提において既に誤っており、失当である。

また、引用例にステアリン酸が安定化剤として有効であることが全く記載されておらず、他方、ステアリン酸の添加により原告主張のとおりの長期安定化効果が得られるとしても(このような効果が得られることは、あえて争わない。)、いずれの発明においても同じ量のステアリン酸を添加するものとされている以上、本願発明は引用例発明と同一であり、本願発明を新規な発明とすることはできない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立は、いずれも当事者間に争いがない。)。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1について

引用例に、滑沢剤としてであり、かつ、必要に応じてであるものの、ステアリン酸やその塩が添加されることが記載されていること、引用例にステアリン酸Mgを0.5%又は約0.1%配合する実施例が示されていることは当事者間に争いがない。そして、ステアリン酸とステアリン酸Mgとは滑沢剤として周知であり、滑沢剤としての両者は同等物であって相互に置換可能であることが当業者にとって自明の事項であること、0.5%又は約0.1%のステアリン酸Mgをステアリン酸に置換するとき、ステアリン酸の添加量が本願発明の要旨において規定されている0.05~5%の範囲を出ないことは、原告の明らかに争わないところである。

そうとすると、当事者間に争いのない本願発明の要旨及び引用例の記載内容の下では、審決がいうように、本願発明と引用例発明とは、口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物であって、配合される成分がセルロース低級アルキルエーテル、ステロイド系消炎薬類、ステアリン酸からなるものである点と、ステアリン酸の添加量において一致しており、目的組成物の構成上相違するところがないと認めざるをえない。

引用例の記載(甲第4号証3枚目右上欄17~18行)によれば、引用例発明において、ステアリン酸等の滑沢剤は必要に応じて添加されるにすぎないとされていることは原告主張のとおりと認められるが、必要に応じて添加するということは、必要がなければ添加しないが必要があれば添加するということであり、そうであれば、引用例には、ステアリン酸を添加しない技術と並んでステアリン酸を添加する技術も同時に開示されていることは明らかであり、後者において、本願発明の構成と引用例発明の構成は同一であるといわざるをえないのである。

また、引用例(甲第4号証)及び本願明細書(甲第2、第3号証)の記載によれば、ステアリン酸とステアリン酸Mgとが滑沢剤としては同等物であっても、後者は安定化剤としての効果を有せず、引用例には、安定化剤としてステアリン酸を所定量添加する技術的思想はなくその構成が開示されていないことも原告主張のとおりと認められる。しかし、引用例の実施例におけるステアリン酸Mgをステアリン酸に置換した組成物は、本願発明の目的物である口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物と、その構成において同一であることが上述のとおりである以上、客観的には、引用例の上記組成物も、本願発明の組成物と同じ長期安定化の効果を奏しているのであって、引用例にこの効果の認識がなく、したがって、ステアリン酸の添加目的が滑沢剤としての添加に限られているとしても、このことが組成物の構成の同一性に影響を与えるものということはできない。

したがって、原告の取消事由1の主張は、採用できない。

2  同2について

ある発明がいわゆる選択発明として特許を受けることができるためには、少なくとも、その発明が、上位概念的には先行発明に包含されるものであるけれども、そこには具体的な形では開示されていないものを選択したものであることが必要である。しかし、上記のように、引用例には、ステアリン酸の添加及びその添加量が、本願発明の他の構成要素と並んで具体的に開示されていると見られるのであるから、原告の主張は、その前提において既に採用することができない。

また、本願発明に係る組成物も、引用例発明に係る上記組成物も、いずれも口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物であり、その構成も同一であって客観的には同一の効果を奏するものと認められることは上述のとおりであるから、本願発明は、引用例発明においては、上記粉末状薬学的組成物を構成するセルロース低級アルキルエーテル、ステロイド系消炎薬類に加え、滑沢剤として添加されていたステアリン酸に、安定化剤としての効果があることを見出し、これをステアリン酸の添加目的としたものにすぎないと認めざるをえず、このような単なる効果の認識ひいては目的の相違は、両発明を別個のものとするに足りないといわなければならない。

したがって、現行特許法の下では、本願発明を特許すべきものとする原告の主張は採用できない。

3  以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 三代川俊一郎)

平成2年審判第10672号

審決

大阪府大阪市中央区南本町1丁目6番7号

請求人 帝人株式会社

東京都千代田区内幸町2-1-1 飯野ビル 帝人株式会社内

代理人弁理士 前田純博

昭和58年特許願第136795号「口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的粗成物」拒絶査定に対する審判事件(昭和60年2月14日出願公開、特開昭60-28923)について、次のとおり審決する.

結論

本件審判の請求は、成り立たない.

理由

本願は、昭和58年7月28日の出願であって、その発明の要旨は昭和63年5月2日付手続補正書によって補正された明細書の記載からみてその特許請求の範囲の必須要件項に記載された次のとおりのものと認める。

「セルロース低級アルキルエーテル、ステロイド系消炎薬類、及びステアリン酸、パルミチン酸、クエン酸、酒石酸、安息香酸、およびソルビン酸からなる群から選ばれた安定化剤としての有機酸からなり、該有機酸を組成物中に0.05~5重量%含有する口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物」

これに対して、原査定の拒絶の理由に引用した本出願前の昭和57年7月23日に頒布された特開昭57-118511号公報(以下引用例という。)には「ヒドロキシプロビルセルローズ及び薬物を含有する緊密な混合物からなる口腔内に付着させて用いる徐放性製剤」が記載され(特許請求の範囲)、その発明の詳細な説明の項には薬物としては、ベクロメサゾンジブロピオネート等の消炎ステコイドが用いられること(第3頁左上欄下から4行-同右上欄第1行)、必要に応じて用いちれる滑沢剤としてステアリン酸やその塩があること(第3頁右上欄下から4行-下から3行)、剤型としては散剤、細粒剤等があること(第3頁左下欄第9行-10行)が記載され、実施例には、ステロイド系消炎薬の製剤であって、ヒドロキシプロビルセルロース、ヒドロキシプロビルセルロースに対して0.1%のステアリン酸Mgが添加されたもの(実施例2、3)、全重量の0.5%のステアリン酸Mgが添加されたもの(実施例1)が記載されている。

そこで本願発明と引用例に記載されているものを比較すると、引用例で配合するヒドロキシプロビルセルロースはセルロース低級アルキルエーテルの1つである(本願明細書第7頁第11行-第16行参照。)。そして、引用例にはステアリン酸についてはそれを配合した具体例(実施例)はないが、上述のように滑沢剤としてではあるが該剤として周知のステアリン酸を適宜添加する旨記載され、それと同等物として記載されている同じく該剤として周知のステアリン酸Mgを約0.5%、0.1%添加する具体例(実施例)が開示されていることからすると、ステアリン酸の添加及びその添加量についての技術が開示されていると認められるから、両者は、口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物であって、配合される成分がセルロース低級アルキルエーテル、ステロイド系消炎薬類、ステアリン酸からなるものである点、及び該酸の添加量において一致しており、組成物の構成上相違するところはない。

もっとも、上記ステアリン酸の添加は本願発明においては安定化のためであり、引用例においては滑沢剤としてのものであって、両者においてその目的は相違しており、本願発明はその添加目的を特許請求の範囲に規定している。

しかしながら、両者はステロイド系消炎薬を薬効成分とする口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物にあってその配合成分、量が同じものであって、両者は構成上区別することができない。

以上のとおりであるから、本願発明は引用例に記載のものと同一と認められ、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年7月9日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

平成3年(行ケ)第268号審決取消請求事件

判決

大阪市中央区南本町一丁目6番7号

原告 帝人株式会社

代表者代表取締役 板垣宏

訴訟代理人弁理士 前田純博

同 三原秀子

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告 特許庁長官 麻生渡

指定代理人 今村定昭

同 田中靖紘

同 涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 当事者の求めた判決

1 原告

特許庁が、平成2年審判第10672号事件について、平成3年7月9日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2 被告

主文同旨

第2 当事者間に争いのない事実

1 特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年7月28日、名称を「口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(昭和58年特許願第136795号)が、平成2年5月8日に拒絶査定を受けたので、同年6月28日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、これを同年審判第10672号事件として審理したうえ、平成3年7月9日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年10月23日、原告に送達された。

2 本願発明の要旨

セルロース低級アルキルエーテル、ステロイド系消炎薬類、及びステアリン酸、パルミチン酸、クエン酸、酒石酸、安息香酸、およびソルビン酸からなる群から選ばれた安定化剤としての有機酸からなり、該有機酸を組成物中に0.05~5重量%含有する口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物

3 審決の理由

審決は、別添審決写し該当欄記載のとおり、本願発明は本願出願前の昭和57年7月23日に頒布された特開昭57-118511号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)と同一であると認定し、これに基づき、本願発明は特許法29条1項3号に該当し特許を受けることができない、と判断した。

第3 原告主張の審決取消事由

審決の理由中、本願発明の要旨の認定及び引用例の記載内容の認定は認める。本願発明と引用例発明との比較に関しては、引用例で配合するヒドロキシプロピルセルロースは低級アルキルエーテルの一つであること、引用例にはステアリン酸を配合した具体例の記載はないこと、ステアリン酸の添加は、本願発明においては安定化剤としてであるのに対し、引用例発明においては滑沢剤としてであって、両者においてその目的が相違していること、本願発明においてステアリン酸の添加目的が特許請求の範囲に規定されていることは認めるが、その余は争う。

審決は、本願発明と引用例発明との比較を誤り、その結果、本願発明は引用例発明と構成において同一であるとの誤った認定をし、二つの発明は、構成上区別することができない限りその目的・課題を異にしても同一であるとの誤った解釈を当然の前提にして、本願発明は特許法29条1項3号に該当し特許を受けることができないとの誤った判断をしたものであるから、違法として取り消されなければならない。

1 取消事由1

審決は、引用例に、必要に応じて用いられる滑沢剤としてではあるものの、ステアリン酸を適宜添加する旨記載されていること、滑沢剤としてステアリン酸の同等物として記載されているステアリン酸マグネシウム(ステアリン酸Mg)を全重量の0.5%又は約0.1%添加する実施例が開示されていること等から、ステアリン酸の添加及びその添加量についての技術が開示されていると認め、これに基づき、本願発明と引用例発明とは、口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物であって、配合される成分がセルロース低級アルキルエーテル、ステロイド系消炎薬類、ステアリン酸からなるものである点と、ステアリン酸の添加量において一致しており、組成物の構成上相違するところがない、と認定した。

審決の上記認定は、本願発明と引用例発明とが、口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物であって、配合される成分がセルロース低級アルキルエーテル、ステロイド系消炎薬類を包含するものである点において一致しているとの限度では正しい。しかし、審決が、引用例に本願発明におけるのと同じステアリン酸の添加及びその添加量についての技術が開示されていると認めたのは誤りであり、したがって、それに基づき、本願発明と引用例発明とが、ステアリン酸の添加及びその添加量においても一致しており、組成物の構成上相違するところがない、と認定したのも誤りである。

まず、引用例発明におけるステアリン酸は、審決も認めるとおり、「必要に応じて」、添加するにすぎないものであるのに対し、本願発明におけるステアリン酸等の安定化剤は必須の要素であるから、本願発明と引用例発明とは、この点において既に構成が異なり、発明として別のものである。

次に、引用例でステアリン酸とステアリン酸Mgとが同等物とされているのは滑沢剤としてだけであり、そこには、ステアリン酸あるいはステアリン酸Mgを安定化剤として使用するという技術思想自体が全く見られず、これについて何らの示唆もない。本願発明の特徴は、特定の薬物であるステロイド系消炎薬類、基剤、及び安定化剤としての特定の有機酸という組合せからなる構成とすることにより、ステロイド系消炎薬類の薬効につき優れた長期安定化効果が得られる点にある。そして、ステアリン酸は、上記安定化剤の中に含まれており、その使用により上記効果が得られるが、ステアリン酸Mgを使用してもその効果は得られない。そうだとすると、引用例にステアリン酸Mgを添加した実施例がその添加量を本願発明で定める範囲内の数値をもって明示する形で開示されており、かつ、ステアリン酸とステアリン酸Mgとが滑沢剤としては同等物と見られるとしても、ステアリン酸を所定範囲の量添加する本願発明と同一の技術がそこに開示されているとすることはできず、二つの発明は、この点において構成が異なる。

2 取消事由2

仮に、本願発明と引用例発明とが構成上区別できず、本願発明が上位概念的には引用例に開示されていると見るべきであるとしても、1に述べたところに照らすと、本願発明の定める量のステアリン酸を添加する技術は、具体的な形では引用例に開示されていないと見るべきであり、本願発明は、引用例において極めて広く挙げられている薬物及び各種添加物の中から、そこには具体的な形では開示されていない選択肢を選び出し、それを結合することにより、引用例記載の発明に比べ特段に優れた長期安定化効果を有する口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物を提供するものであるから、いわゆる選択発明として特許性があるというべきである。

また、本願発明におけると引用例の発明におけるとでは、ステアリン酸の使用目的が全く異なり、両発明は、その目的・課題を異にするのであり、所定量のステアリン酸の添加により優れた安定化効果が得られることは、本願発明により初めて明らかにされた事項なのであるから、本願発明に対しては、そのことを根拠に、新規な発明として特許が与えられるべきである。

第4 被告の反論

審決の認定、判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1 取消事由1について

引用例には、ステアリン酸を「必要に応じ」て添加するとして、ステアリン酸を添加しない技術と並んで、それを添加する技術が開示され、滑沢剤として、ステアリン酸Mgを全重量の0.5%又は約0.1%添加する実施例が示されている。そして、ステアリン酸とステアリン酸Mgとは滑沢剤としていずれも周知であり、かつ滑沢剤としての両者は同等物であって相互に置換可能であることは、当業者にとって自明の事項であるから、上記実施例におけるステアリン酸Mg添加の開示は同時にステアリン酸添加の開示ともなる。また、実施例に示された0.5%(実施例1)又は約0.1%(実施例2、同3)というステアリン酸Mgの添加量は本願発明におけるステアリン酸の添加量(0.05~5%)の範囲に含まれる。したがって、引用例には、原告の争う本願発明におけるステアリン酸の添加及びその量も開示されているのであり、結局、本願発明と引用例の発明とは、審決のいうとおり、構成上区別することができない。

2 同2について

引用例には、ステアリン酸が添加されること及びその添加量が具体的に開示されているのであるから、原告の主張は、本願発明は上位概念的に引用例に開示されているにすぎないとする前提において既に誤っており、失当である。

また、引用例にステアリン酸が安定化剤として有効であることが全く記載されておらず、他方、ステアリン酸の添加により原告主張のとおりの長期安定化効果が得られるとしても(このような効果が得られることは、あえて争わない。)、いずれの発明においても同じ量のステアリン酸を添加するものとされている以上、本願発明は引用例発明と同一であり、本願発明を新規な発明とすることはできない。

第5 証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立は、いずれも当事者間に争いがない。)。

第6 当裁判所の判断

1 取消事由1について

引用例に、滑沢剤としてであり、かつ、必要に応じてであるものの、ステアリン酸やその塩が添加されることが記載されていること、引用例にステアリン酸Mgを0.5%又は約0.1%配合する実施例が示されていることは当事者間に争いがない。そして、ステアリン酸とステアリン酸Mgとは滑沢剤として周知であり、滑沢剤としての両者は同等物であって相互に置換可能であることが当業者にとって自明の事項であること、0.5%又は約0.1%のステアリン酸Mgをステアリン酸に置換するとき、ステアリン酸の添加量が本願発明の要旨において規定されている0.05~5%の範囲を出ないことは、原告の明らかに争わないところである。

そうとすると、当事者間に争いのない本願発明の要旨及び引用例の記載内容の下では、審決がいうように、本願発明と引用例発明とは、口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物であって、配合される成分がセルロース低級アルキルエーテル、ステロイド系消炎薬類、ステアリン酸からなるものである点と、ステアリン酸の添加量において一致しており、目的組成物の構成上相違するところがないと認めざるをえない。

引用例の記載(甲第4号証3枚目右上欄17~18行)によれば、引用例発明において、ステアリン酸等の滑沢剤は必要に応じて添加されるにすぎないとされていることは原告主張のとおりと認められるが、必要に応じて添加するということは、必要がなければ添加しないが必要があれば添加するということであり、そうであれば、引用例には、ステアリン酸を添加しない技術と並んでステアリン酸を添加する技術も同時に開示されていることは明らかであり、後者において、本願発明の構成と引用例発明の構成は同一であるといわざるをえないのである。

また、引用例(甲第4号証)及び本願明細書(甲第2、第3号証)の記載によれば、ステアリン酸とステアリン酸Mgとが滑沢剤としては同等物であっても、後者は安定化剤としての効果を有せず、引用例には、安定化剤としてステアリン酸を所定量添加する技術的思想はなくその構成が開示されていないことも原告主張のとおりと認められる。しかし、引用例の実施例におけるステアリン酸Mgをステアリン酸に置換した組成物は、本願発明の目的物である口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物と、その構成において同一であることが上述のとおりである以上、客観的には、引用例の上記組成物も、本願発明の組成物と同じ長期安定化の効果を奏しているのであって、引用例にこの効果の認識がなく、したがって、ステアリン酸の添加目的が滑沢剤としての添加に限られているとしても、このことが組成物の構成の同一性に影響を与えるものということはできない。

したがって、原告の取消事由1の主張は、採用できない。

2 同2について

ある発明がいわゆる選択発明として特許を受けることができるためには、少なくとも、その発明が、上位概念的には先行発明に包含されるものであるけれども、そこには具体的な形では開示されていないものを選択したものであることが必要である。しかし、上記のように、引用例には、ステアリン酸の添加及びその添加量が、本願発明の他の構成要素と並んで具体的に開示されていると見られるのであるから、原告の主張は、その前提において既に採用することができない。

また、本願発明に係る組成物も、引用例発明に係る上記組成物も、いずれも口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物であり、その構成も同一であって客観的には同一の効果を奏するものと認められることは上述のとおりであるから、本願発明は、引用例発明においては、上記粉末状薬学的組成物を構成するセルロース低級アルキルエーテル、ステロイド系消炎薬類に加え、滑沢剤として添加されていたステアリン酸に、安定化剤としての効果があることを見出し、これをステアリン酸の添加目的としたものにすぎないと認めざるをえず、このような単なる効果の認識ひいては目的の相違は、両発明を別個のものとするに足りないといわなければならない。

したがって、現行特許法の下では、本願発明を特許すべきものとする原告の主張は採用できない。

3 以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第13民事部

裁判長裁判官 牧野利秋

裁判官 山下和明

裁判官 三代川俊一郎

平成2年審判第10672号

審決

大阪府大阪市中央区南本町1丁目6番7号

請求人 帝人株式会社

東京都千代田区内幸町2-1-1 飯野ビル 帝人株式会社内

代理人弁理士 前田純博

昭和58年特許願第136795号「口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的粗成物」拒絶査定に対する審判事件(昭和60年2月14日出願公開、特開昭60-28923)について、次のとおり審決する.

結論

本件審判の請求は、成り立たない.

理由

本願は、昭和58年7月28日の出願であって、その発明の要旨は昭和63年5月2日付手続補正書によって補正された明細書の記載からみてその特許請求の範囲の必須要件項に記載された次のとおりのものと認める。

「セルロース低級アルキルエーテル、ステロイド系消炎薬類、及びステアリン酸、パルミチン酸、クエン酸、酒石酸、安息香酸、およびソルビン酸からなる群から選ばれた安定化剤としての有機酸からなり、該有機酸を組成物中に0.05~5重量%含有する口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物」

これに対して、原査定の拒絶の理由に引用した本出願前の昭和57年7月23日に頒布された特開昭57-118511号公報(以下引用例という。)には「ヒドロキシプロビルセルローズ及び薬物を含有する緊密な混合物からなる口腔内に付着させて用いる徐放性製剤」が記載され(特許請求の範囲)、その発明の詳細な説明の項には薬物としては、ベクロメサゾンジブロピオネート等の消炎ステコイドが用いられること(第3頁左上欄下から4行-同右上欄第1行)、必要に応じて用いちれる滑沢剤としてステアリン酸やその塩があること(第3頁右上欄下から4行-下から3行)、剤型としては散剤、細粒剤等があること(第3頁左下欄第9行-10行)が記載され、実施例には、ステロイド系消炎薬の製剤であって、ヒドロキシプロビルセルロース、ヒドロキシプロビルセルロースに対して0.1%のステアリン酸Mgが添加されたもの(実施例2、3)、全重量の0.5%のステアリン酸Mgが添加されたもの(実施例1)が記載されている。

そこで本願発明と引用例に記載されているものを比較すると、引用例で配合するヒドロキシプロビルセルロースはセルロース低級アルキルエーテルの1つである(本願明細書第7頁第11行-第16行参照。)。そして、引用例にはステアリン酸についてはそれを配合した具体例(実施例)はないが、上述のように滑沢剤としてではあるが該剤として周知のステアリン酸を適宜添加する旨記載され、それと同等物として記載されている同じく該剤として周知のステアリン酸Mgを約0.5%、0.1%添加する具体例(実施例)が開示されていることからすると、ステアリン酸の添加及びその添加量についての技術が開示されていると認められるから、両者は、口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物であって、配合される成分がセルロース低級アルキルエーテル、ステロイド系消炎薬類、ステアリン酸からなるものである点、及び該酸の添加量において一致しており、組成物の構成上相違するところはない。

もっとも、上記ステアリン酸の添加は本願発明においては安定化のためであり、引用例においては滑沢剤としてのものであって、両者においてその目的は相違しており、本願発明はその添加目的を特許請求の範囲に規定している。

しかしながら、両者はステロイド系消炎薬を薬効成分とする口腔粘膜に適用するための粉末状薬学的組成物にあってその配合成分、量が同じものであって、両者は構成上区別することができない。

以上のとおりであるから、本願発明は引用例に記載のものと同一と認められ、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年7月9日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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